セラピストにむけた情報発信



 発見学習の概念に基づく運動学習−Mark Williams氏との交流から



2007年12月11日

運動学習を促進するのに効果的な練習スケジュールや教示方法については,スポーツやリハビリの領域で古くから議論されています.今回は,小学校などの学校教育で広く浸透している発見学習法(guided discovery method)の概念を,スポーツにおける知覚トレーニング(予測能力のトレーニング)に適用した研究をご紹介します.

参考文献:
Williams, A. M. et al. (2002) Anticipation skill in a real-world task: measurement, training, and transfer in tennis. Journal of Experimental Psychology: Applied, 8, 259-270.


発見学習とは,問題解決の方法を指導者が明示するのではなく,学習者自身が主体的に考えながら発見することを目指す学習方法です.

発見学習はブルーナーによって提唱され,日本では1970年代以降,学校教育カリキュラムの現代化という目標実現のために効果的な方法として浸透した,いわば古典的な学習方法です.

先日,アジア太平洋スポーツ科学会議のシンポジウムでご一緒したMark Williams氏(Liverpool John Moores University)は,この古典的な学習方法がスポーツ選手の知覚トレーニングに有効であることを,わかりやすく解説しておりました.

なおWilliams氏は,スポーツに特化した研究をおこなっており,セラピストの皆様にはなじみがないかもしれません.彼はスポーツ心理学では重鎮の一人であり,国際誌論文80編,著書8点,本の分担執筆40点など,スポーツの分野では大きな影響力を持っています.

そもそもWilliams氏が発見学習に注目したのは,スポーツ熟練者の知覚特性の研究成果を,スポーツの現場に応用できないかと考えたことに端を発しています.

例えばテニス選手が相手選手がサーブを打つ際,あまり上手くない選手はボールやラケットに視線を向けてサーブのコースを予測します.これに対し,優れたテニス選手は,頭部や腰部などの体幹部に視線を向けており,結果としてこれが優れたサーブのコース予測の役にたっています.

サーブを打つ際の腰の回転角度によって,サーブのコースがある程度規定されることから,優れたテニス選手はこの知識を何らかの方法で獲得し,その結果として体幹部に視線を向けていると予想されます.

この研究成果をスポーツの現場に応用する場合,例えば「相手がサーブを打つ際,腰の角度が右向きならばサーブのコースは右に飛んでくる可能性が高いので,相手サーブの際には腰の向きに注目しなさい」という,指示的・明示的な指導が可能です.しかしながら一般に視線は本人が意識しないレベルで頻繁に動いており,指示的・明示的な指導によって視線の動きを意識的にコントロールさせることが,本当に正しい視線行動を導き出すだろうか,という点については,疑問が残ります.

そこでWilliams氏は発見学習の考え方に基づき,「腰の辺りに視線を向けなさい.また腰の回転角度とサーブのコースにどのような関係があるかに着目しなさい」という教示を与え,腰の回転角度とサーブコースの具体的な関係については,学習者自身に発見させるという方法の有効性を検証しました.実験の結果は,発見学習法が指示的・明示的方法よりも,サーブのコース予測の学習に有効ということでした.

視線や注意をを向ける先について一定の情報を与え,その制約の中で自由に探索させるというのが,
発見学習法の真骨頂となります.

客観的に見れば,Williams氏が2002年の論文で採用した発見学習法は,いまだ明示的な色合いが強い印象があり,知覚トレーニングのために最適な発見学習法については,もう少し研究の蓄積が必要と考えます.しかし,指示的・明示的方法に一切頼らない潜在的学習方法(implicit learning)の場合,スポーツや臨床の現場では応用が難しいという声もあり,その対応策のひとつとして,発見学習の有効性を今後も検証する価値はあると,個人的には考えています.

発見学習の有効性については,リハビリテーションにおける運動学習にも通用する話題と思いますが,セラピストの皆様はWilliams氏の研究に対してどのような印象を持ったでしょうか.首都大学東京オープンユニバーシティなどで皆様のご意見を伺う機会があれば,望外の喜びです.

(メインページへ戻る)